ワクチン接種についての法律解釈は、私にはものすごく未整備に見えるので、誰かがきちんと展開しないといけないのだろうなと思っていたところ、こちらセミナーのご依頼をいただいた。
その準備をしているのだが、一例として、「ワクチン接種情報(ワクチンを接種したか否か等)は要配慮個人情報に該当するか」という解釈論を取り上げてみたいと思う。
弁護士の見解
この点については、ネット上で弁護士の見解が4件公表されていた。うち2名が該当していると断言し、2名は可能性があると該当を示唆している。ただ、この4名の弁護士は、全員が理由をほとんど書いていない。
うち2名(竹口英伸弁護士、谷靖介弁護士)は、気楽に該当性を断言している。
「ワクチン接種歴は健康情報として要配慮個人情報にあたるため、会社としては、本人の同意を得て情報を取得する必要があります。」
roudou.nishifuna-law.com/koron…
「ワクチン接種情報は、重要な健康医療情報として、要配慮個人情報にあたります。
そのため、介護施設が職員からワクチン接種情報を取得する際は、本人の同意を得なければなりません。」
www.legalplus-kigyohoumu.net/k…
もう2名(浅倉稔雅弁護士、佐藤みのり弁護士)は、断言をしないで可能性の指摘に留めている。これはこれで、理由は書いていないし、「可能性」とぼかすことで逃げ道を確保して、いい加減なことを言っているようにしか見えない。
「ただし、ワクチン接種の情報は、健康に関する要配慮個人情報に該当する可能性がありますので、管理に注意が必要です。」
www.kanzawa-lo.com/column/4124…
「ワクチン接種にかかわる情報は個人情報保護法上の『要配慮個人情報』に当たる可能性があり、慎重な取り扱いが求められます。」
news.yahoo.co.jp/articles/16da…
【2021/10/21追記】文献として、吉田肇「ワクチン接種における企業対応に関する法的留意点」労務事情1430号11頁、畔山亨「労働者のワクチン接種歴の確認は個人情報やプライバシーの観点に注意」労働基準広報2075号25頁に接した。
前者は健康情報として該当する可能性があると、後者は条文に当てはまるため、十分に可能性があるとしている。
実務
行政機関個人情報保護法では、個人情報ファイルを保有する場合に、個人情報ファイル簿の作成・公表義務があり(同11条1項)、その記載事項には要配慮個人情報の有無が含まれる(同10条1項5号の2)。
厚生労働省は、検疫所単位で「予防接種台帳」の個人情報ファイル簿を公開している1。予防接種台帳は「予防接種を実施した者」の情報を記録しているが、要配慮個人情報は含まないとされている。
また、自治体の個人情報ファイル簿でも、ワクチン接種情報は要配慮個人情報に該当しないとするものが散見される2。このように、政府及び自治体の実務では、ワクチン接種情報は要配慮個人情報には該当しないとすることが一般的である。
行政指針
雇用管理
雇用管理分野では、「健康情報」の概念が使われるが、この概念と要配慮個人情報の関係が混乱している。
- 個人情報保護法が施行された際に、厚労省の雇用管理分野のガイドラインとそれに附随した健康情報の「留意事項」3が制定されていた。当初は要配慮個人情報についての定めはなく、健康情報を「雇用管理に関する個人情報のうち、健康診断の結果、病歴、その他の健康に関するもの」(留意事項第2・1)と定義していた。
- 平成27年個人情報保護法改正により、個人情報保護法の権限は個人情報保護委員会に移管され、厚労省はこれを失った。その際、ガイドラインは廃止されたが、留意事項(平成29年版)は廃止されずに残った。新留意事項では、「健康情報」を「留意事項において取り扱う労働者の健康に関する個人情報」と定義した上で、「健康診断の結果、病歴、その他の健康に関するもの」としている。また、かかる健康情報は、要配慮個人情報に該当すると明記している(第2)。
- 平成30年に労働安全衛生法が改正され、「労働者の心身の状態に関する情報」を取り扱う104条が新設された。これを受けた指針では、労働安全衛生法104条の「労働者の心身の状態に関する情報」のほとんどが要配慮個人情報に該当する機微な情報であるとし、「労働者の心身の状態に関する情報」を「健康情報等」、そのうち要配慮個人情報を「健康情報」と定義した。
まとめると、第1段階では要配慮個人情報は関係なく、第2段階で健康情報は要配慮個人情報に該当するとし、第3段階で健康情報のほとんどが要配慮個人情報にあたると整理した。
第2段階では、「労働者の健康に関する個人情報」が「健康情報」であり、要配慮個人情報に該当するとするのであれば、概念が異なるので端的に間違いと言わざるを得ない。ここにいう「健康情報」とは、「健康診断の結果、病歴、その他の健康に関するもの」に限定するという趣旨であろう。そうであれば、健康診断の結果(施行令2条2号)、病歴(法2条3項)は要配慮個人情報であるし、「その他の健康に関するもの」とは、施行令2条3号の情報を指すのであろう。
前述の竹口弁護士と谷靖弁護士は、「健康情報」「健康医療情報」と言っているので、上記の通達に拠ったのかもしれない4。
PHR指針
総務省、厚生労働省、経済産業省が出したPHR指針では、要配慮個人情報のうち一部5を「健診等情報」と定義した上で、その具体例として「予防接種歴」を挙げている。
しかし、最近、経産省は予防接種歴が要配慮個人情報であることを前提としたPHR指針を出した。
そこでは、同指針の対象である「健診等情報」は、要配慮個人情報の部分集合と定義されており、かつ、健診等情報に予防接種歴が含まれるとされている。t.co/mvhXbpGUY9— ADACHI Masatoshi ../.. 足立昌聰 (@MasatoshiAdachi) May 26, 2021
このガイドラインは、ワクチン接種情報を要配慮個人情報(の部分集合)の具体例として挙げているのみであり、ワクチン接種情報が一般的に要配慮個人情報に該当すると解釈したものではない(と読んであげたい)し、そう解釈する根拠も書いていない。あえて強弁するなら、何らかの心身の変化(例えば妊娠)をきっかけにワクチン接種がなされることもあるのかもしれず、その場合のワクチン接種情報は要配慮個人情報に該当するので、そういうレアケースを指しているのだということになろう。
条文解釈
要配慮個人情報の定義は、個人情報保護法2条3項と同施行令2条に記載されている6。
個人情報保護法
(定義)
第二条
3 この法律において「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。
ワクチン接種情報は、法律に書いてある「人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実」には該当しない。ワクチンは、主に健康な人に接種して免疫力を高めるものなので、「病歴」には当たらないのである。
そうすると、「本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等」(以下「政令事由」という。)に該当するかどうかが問題となる。
そして、政令事由として問題になるのは、施行令2条2号と3号である。
2号事由(健康診断情報)
個人情報保護法施行例
(要配慮個人情報)
第二条 法第二条第三項の政令で定める記述等は、次に掲げる事項のいずれかを内容とする記述等(本人の病歴又は犯罪の経歴に該当するものを除く。)とする。……
二 本人に対して医師その他医療に関連する職務に従事する者(次号において「医師等」という。)により行われた疾病の予防及び早期発見のための健康診断その他の検査(同号において「健康診断等」という。)の結果
2号事由は、①「医者等」により、②「疾病の予防及び早期発見」の目的で行われた、③「健康診断その他の検査」の結果である。
①については、ワクチン接種は、医師や看護師等の医療従事者に実施されるのが一般的である。また、③については予診が行われ、これは検査に該当する7。問題は、②予診を実施する目的である。
予診とは、予防接種法7条の「厚生労働省令で定める方法により健康状態を調べ」ることである。その方法は「問診、検温及び診察」(予防接種実施規則4条)である。予診の結果、「当該予防接種を受けることが適当でない者として厚生労働省令で定めるもの」すなわち禁忌者8に該当すると認められるときは、予防接種の対象から排除される。
すなわち、予診の目的は、予防接種の消極要件である禁忌者の識別である。
ワクチン接種は疾病の予防のために実施するが、予診の目的は「疾病の予防及び早期発見のため」ということはできないので、②には該当しないことになる。
3号事由(指導・診療・調薬情報)
三 健康診断等の結果に基づき、又は疾病、負傷その他の心身の変化を理由として、本人に対して医師等により心身の状態の改善のための指導又は診療若しくは調剤が行われたこと。
3号事由について、ワクチン接種は医師等により実施されるし、「診療」には該当すると思われるが、「健康診断等の結果に基づ」くことが必要になる。
ここで「健康診断等」は「疾病の予防及び早期発見のための健康診断その他の検査」と定義されている。前述した通り、予診の目的は、疾病の予防及び早期発見ではなく、禁忌者の識別あり、「健康診断等」にあたらない。
まとめ
以上により、実務上、ワクチン接種情報は要配慮個人情報にあたらないと取り扱われているし、条文上も該当しないことを示した(ただし、要配慮個人情報に該当しないからといって、それは取得の際に同意が必要ではないだけで、きちんと保護する必要があることに変わりはない。)。
私も、なんとなくワクチン接種情報は要配慮個人情報なのではないかと最初は思ったのだが、個人情報保護法の条文は、ワクチン接種情報を想定して文言を書いていないのだろう。
問題は、なぜ4人の弁護士は、ろくに根拠も書かずに、実務や条文に反する見解をいい加減に公開し、メディアに載せたのかである。なんとなく、「ワクチンは個人の問題だし、労働者の情報をたくさん保護してあげた方が良いことに違いない」みたいな思い込みがあったのではないだろうか。どういう結論にするにしても、ちゃんと解釈しましょう。弁護士がいい加減なことをいうと、真に受けて現場が苦労することになりかねません。なお、本記事の元になったのが、以下のTwitterツリーです。
ワクチン接種情報は要配慮個人情報ではないし、行政機関個人情報保護法の実務でも要配慮個人情報とは扱われてないことが分かった。
それで、弁護士2名が根拠なく該当していると断言し、2名は可能性があると該当を示唆しながら理由を書かない。後者はおそらく、条文を見ると該当していると言えない
— 弁護士 吉峯耕平(「カンママル」撲滅委員会) (@kyoshimine) October 1, 2021
【変更履歴】
2021/10/01 公開
2021/10/02 「行政指針」の項目を追記
2021/10/21 平成29年版「留意事項」について記載を変更、文献を追記
田辺総合法律事務所パートナー弁護士。第一東京弁護士会所属(修習58期)。
第一東京弁護士会 総合法律研究所IT法研究部会所属(元部会長)、国立国際医療研究センター臨床倫理委員会委員、日弁連刑事弁護センター幹事(刑事手続IT化PT)等。
デジタル証拠や医事法・医療情報についての著作が多い。
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